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福岡高等裁判所 昭和38年(ナ)13号 判決

原告 福岡高等検察庁検察官

被告 那須邦雄

主文

昭和三七年九月二二日施行の熊本県宇土市議会議員選挙における被告の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、被告は昭和三七年九月二二日施行の熊本県宇土市議会議員選挙に立候補して当選し、翌二三日同市選挙管理委員会より公職選挙法第一〇一条第二項所定の事項を告示され、現に同市議会議員として在職中のものである。

二、右選挙において、訴外那須次吉は同月一二日被告の選任届出により、その出納責任者となつたものである。

三、ところで訴外那須次吉は右選挙に際し、訴外那須松義と共謀の上右那須松義において昭和三七年九月一六日頃宇土市大字岩古曽二二五番地の同人方で、被告に当選を得しめる目的を以て訴外木下国男に対し、被告のため投票並びに投票取り纒め等の選挙運動を依頼し、その報酬並びに買収資金として金六万六、〇〇〇円を供与して、公職選挙法第二二一条第一項第一号、第三項の罪を犯し、昭和三八年一月一四日熊本地方裁判所において懲役五月、五年間右刑の執行猶予の判決言渡を受け、次で同年五月一七日福岡高等裁判所において控訴棄却の判決を更に同年一〇月一一日最高裁判所において上告棄却の決定をそれぞれ受け、同年一〇月二二日前記当初の判決が確定したものである。

四、よつて原告は、公職選挙法第二五一条の二第一項第二号により被告の前記当選は無効であるので、同法第二一一条第一項により本訴請求に及ぶ、

と述べた。

(証拠省略)

被告並びに被告訴訟代理人は合式の呼出を受けながら当審最初の口頭弁論期日に出頭しないため、陳述したものと看做された答弁書によると、被告は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告の主張事実中一、二の各事実並びに三の事実中被告の出納責任者那須次吉が原告主張の如き公職選挙法第二二一条第一項第一号、第三項の罪を犯したとして原告主張の日、熊本地方裁判所において懲役五月、五年間右刑の執行猶予の判決言渡を受け、その後原告主張の如き経過で右刑が確定したことはいづれもこれを認めるがその余の事実はこれを否認する。

すなわち訴外那須次吉は原告主張の如き犯罪行為をしていないので被告の当選は無効でない。仮に訴外那須次吉に原告主張の如き犯罪行為があつたとしても、公職選挙法第二五一条の二第一項第二号は他人の犯罪によつて当選者が事実上刑罰に等しい不利益を受ける旨の規定であるから、該規定は憲法第一二条、第一三条に違反し無効である。したがつて被告の当選は無効でないので原告の請求は理由がないと謂うにある。

理由

原告主張の一、二の各事実並びに被告の選任した出納責任者訴外那須次吉が原告主張の如き公職選挙法第二二一条第一項第一号、第三項の罪を犯したとして、原告主張の如き刑に処せられ、その後その刑が原告主張の如き経過で確定するに至つたことはいづれも当事者間争がない。

被告は訴外那須次吉が前記の如き犯罪行為をしていないので、被告の当選は無効でないと主張するけれども、公文書であるので真正に成立したものと推認し得る甲第一乃至第四号証によると、右訴外人が原告主張の如き罪を犯し、刑に処せられたことは極めて明らかであり、被告の主張を認めて、前記認定を覆す何等の証拠もない。

被告は公職選挙法第二五一条の二第一項第二号は他人の犯罪によつて当選人が事実上刑罰に等しい不利益を受けることを規定したものであるから憲法第一二条、第一三条に違反し無効である。したがつて被告の当選は無効でないと抗争する。しかし公職選挙法第二五一条の二が、選挙運動の総括主宰者又は出納責任者等が買収、利害誘導等の罪を犯し刑に処せられたときは当該当選人の当選を無効としたのは、選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて、公明且つ適正に行われることを確保せんとしたものである。もし選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者の如き選挙運動において重要な地位を占めた者が買収、利害誘導等の犯罪により刑に処せられた場合は当該当選人の得票中には、かかる犯罪行為によつて得られたものも相当数あることが推測され、当該当選人の当選は選挙人の真意の正当な表現の結果と断定できないこととなる。(昭和三七年三月一四日最高裁大法廷判決、最高裁判例集一六巻三号五三三頁参照)。

凡そ政治の代議制度を認める以上、選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて、公明且つ適正に行われることは、公共の福祉に副うものというべきであるから、当選人が選挙運動の総括主宰者又は出納責任者等他人の前記の如き犯罪によつて、当選無効という不利益を受けても、それは憲法第一二条、第一三条に違反するものではないと解すべきである。したがつて被告の前記主張は到底採用できない。

よつて原告の請求を相当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎 厚地政信 原田一隆)

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